弁論術への対処

相手が弁論術を使ってくる場合の対処法を考えよう。
他者と議論をする際には、相手が弁論術を使うことを前提にしておく方がいい。相手に悪意があろうとなかろうと、この手法は一般的に使われるからだ。

第一段階で弁論術の使用を諦めさせる

弁論術を潰す方法はいくつかあるが、一番簡単なのは、より大きな刺激を伴う発言で対抗することである。
相手の狙いは、まともに受けると対処せざるを得ない問題から、話を逸らすことである。感情論であろうと、難解な理論であろうと本質は同じだ。そこで、「自分はこれこれで負担を負っておりこれは不当だと感じている」「君もこれを分担すべきではないか」「それとも君は、私の負担などどうでもいいという立場なのか」と、一般意志の理論に沿い、かつ相手を直接攻撃する内容を、繰り返し訴えることが適切となる。相手の責任を問い、自身の持つ負担を具体的に訴える、核心的な話をし続ければ、相手はそこから話を逸らすことが難しくなるわけだ。それを、相手が弁論術の使用を諦めるまで、ひたすら行うのである。
こうして、弁論術をいくら使っても無駄だということを相手に思い知らせることが第一段階である。この段階を経て、初めて本来的な話に進むことができるのである。

事前の準備

議論の前に

  • 相手が否定することができないものの確定
  • 問題を一般意志の観点から整理して述べられるようにしておく
  • 相手の立場を問い、自分の被っている不当性を訴えるための具体的な事例の用意

をしておくといいだろう。

理論への対処

ここでなされる議論を、先に分けたパターンに沿って見ていこう。まずは、相手が何らかの理論をぶつけてきた場合のことを考えよう。
基本的には先に述べたように、内容的な議論には踏み込まず、こちらの主張をぶつけるだけでいい。
それでも相手が理論の話を続けようとした場合は、それを中断させる言葉を投げつければいい。「この場は全体での方針を決める場であり、君の抽象的な理論を聞く場ではない。誰も共有していない理論を勝手に話されても困る。それが本当にこの国家にとって重要だと思っているのであれば、事前にそれを主張と根拠の形にまとめて、提起すればいいではないか」「誰も君の言うことを理解していない。ここで一対一の問答を私と君がしても、それを全体が理解できるとは思えない。僕個人へ語りかけるのではなく、皆に語りかけるつもりで言ってくれ」というように。
ここで重要なのは、相手の主張はただの弁論術であり、話を逸らすための方便でしかないと理解しておくことである。その内容がどれだけ気になろうと、意味不明だろうと、矛盾に満ちたものであろうと、内容的な反論も、質問もすべきではない。それは話を逸らすだけであり、相手に有利に働くからだ。

感情への対処

次に、相手が感情を手段として使ってきた場合を考えよう。怒る、悲しむ、泣き出す等によって、一時的にその場を支配しようという意図が、その背景にはある。
重要なのは、相手の感情的な振る舞いは、話を逸らすための方便でしかないと理解することだ。基本的には、相手の感情を意に介さず、事前にまとめておいたこちらの主張をぶつけるだけでいい。準備段階で、その主張を感情を伴って訴えられるようにしておけば、よりよいだろう。
また、長時間の感情の維持は難しいことを知っておくといい。例えば、正当な主張をし続ける者に対し、長時間怒り続けることはできないのだ。相手の狙いは、感情が持続する短時間の内に、話を無理やり変えることにある。これを知った上で冷静に対処し、話を逸らす隙を与えないように注意しながら、こちらの主張をぶつけ続け、相手の感情がおさまるのを待てばいいわけだ。

その他の方法

弁論術には、他の方法でも対処することは可能である。
例えば理論であれば、自分が相手よりも理論に通じているのであれば、それで勝負してもいいわけだ。相手の議論にのっかり、その矛盾を突いても、知識で殴っても、相手を黙らせることはできるだろう。感情的な相手には、自分も同様に適当な感情を爆発させ、相手をひるませてもいい。ただ、これは技量に左右される上、敢えてやる必要もないと思われる。

第二段階ではじめて本来的な議論に入る

相手が弁論術を使う気をなくせば、そこではじめて、本来的な議論に入ることができる。基本的には、

  • 自分が被っている労力が不当である
  • 相手がそれに相応する労力を被っていない
  • 一般意志から、これを双方で解消すべきであることを示す

を繰り返すことで、自分の被っている問題は双方の協力で解消すべきであるという合意を形成する。そののち、それを解消する方針について議論し、それを実現するために労力を分担することになる。

ポイント

ここでも、話を逸らされないように、順序を意識することが重要である。
例えば、立法的な一致の前に、執行の話をすべきではなない。「私はこのような仕方をすればいいと思う」というアイデアを持っていたとしても、合意前にそれを述べるべきではない。それによって、一致点が曖昧なまま、別の話に逸れる恐れがあるからだ。また、一致した際の労力の割り振りをどうするか、という仮の話もすべきではない。これも同様に、話が逸れる恐れがあるからである。
また、第一段階の議論が不十分で相手の心が折れていない場合は、第二段階に至っても第一段階の話に引き戻そうという試みがなされるだろう。これに備え、相手が第二段階から第一段階の話に戻そうとした際に、その試みを即座に潰す心構えはしておいた方がいい。
また、個々の過程で相手に語らせ、言質を取る習慣をつけておくといいだろう。そうすることで、相手が議論をひっくり返しにくくなるからだ。こちらが語り、相手が頷くというやり方だと、相手が都合が悪くなったときにそれをひっくり返しやすいのである。

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