デカルトの批判(定理一~一五)

実体概念の明確化

スピノザは、神の存在証明を行う前に、実体概念について考察する。デカルトの主張を定理一~五でまとめた上で、それをもとに実体と様態の相違を明確にする。

一の実体は他の実体から産出されることができない。(定理六)

実体の本性には存在することが属する。(定理七)

すべての実体は必然的に無限である。(定理八)

他のものから産出されることも、存在が属さないことも、有限であることも、様態ではいくらでもありうることだ。だが、これは実体についてはありえないだろう。定理一~五を認めるのなら、定理六~八についても当然認めるだろう、とスピノザは言っているのである。

デカルトの否定

ついで定理一一で神の存在証明をしたあと、実体概念について整理したことをもとにして以下を証明する。

神のほかにはいかなる実体も存しえずまた考えられない。(定理一四)

すべて在るものは神のうちに在る、そして神なしには何物も在りえずまた考えられえない。(定理一五)

神のみが存在し、他に実体は存在しない。したがって、それが精神的実体と物体的実体を生じることもありえない。我々を含む全てはその内に含まれるものであり、全てのものは神を原因とする。神という言葉は残ってはいるが、デカルトがその言葉で意図したものはすべて否定されるのだ。こうして、デカルトの理論は否定されるのである。

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