人間の隷属

第四部では、人間の隷属について考察される。
人間は、感情を制御できる理性という力を持つと、一般的には考えられている。だが、感情を完璧に制御できる者は少ない。何が適切かを知りながら、その時々の感情に支配されて生きる者が大多数のはずだ。賭博なり酒なりに手を出してやめられない者、怒りや嫉妬にとらわれて不適切な行為をする者、やるべき仕事に身が入らず無為に日々を過ごす者は多いだろう。このような、感情を制御し、抑制する上での人間の無力を、スピノザは隷属と呼ぶ1。人間は理性を持っているはずなのに、なぜこのような事態が起きるのだろうか。
この「なぜ人は善を見ながら悪に従うのか」という問題は古くからあるが、誰も答えを出すことができなかった。人間の愚かさを嘆いたり、笑ったり、呪ったりするくらいがせいぜいだった。だが、スピノザはこれに答えを出せると主張する。


  1. 感情を統御し抑制する上の人間の無力を、私は隷属と呼ぶ。なぜなら、感情に支配される人間は自己の権利のもとにはなくて運命の権利のもとにあり、自らより善きものを見ながらより悪しきものに従うようにしばしば強制されるほど運命の力に左右されるからである。(序言) 

« 定理六~七
善悪の認識 »