有徳的な行為

有徳的な行為

人間の本性と国家の本性が明確化されたことで、「何が人間の行為として適切か」がわかるようになる。つまりは、自己の有の維持の実現にとって適切な、有徳的な行為をすればいいわけだ。
まず、身体を快活な状態に保つことが必須である1。これがなければ自己の有の維持も何もないのだから、当然と言えば当然だろう。

また、妥当な観念を形成できるよう、外部の物体を十分に把握できる身体状態を保つことと、自己にとって有利な状況を作れるよう、外部の物体に対して十分に働きかけられる身体状態を保つことが重要である2。これらによって、我々は自己の有の維持を実現できるのだ。

また、共同生活に資するものを、重視すべきだということになる3。人間は、実質的には国家内でしか、自己の有の維持を実現できないからだ。国家のために行為することが、ひいては自己の有の維持につながるのである。


  1. 人間身体の諸部分における運動および静止の相互の割合が維持されるようにさせるものは善である。これに反して人間身体の諸部分が相互に運動および静止の異なった割合をとるようにさせるものは悪である。(定理三九) 

  2. 人間身体を多くの仕方で刺激されうるような状態にさせるもの、あるいは人間身体をして外部の物体を多くの仕方で刺激するのに適するようにさせるものは、人間にとって有益である。そしてそれは、身体が多くの仕方で刺激されることおよび他の物体を刺激することにより適するようにさせるに従ってそれだけ有益である。これに反して身体のそうした適性を減少させるものは有害である。(定理三八) 

  3. 人間の共同社会に役立つもの、あるいは人間を和合して生活するようにさせるものは有益である。これに反して国家の中に不和をもたらすものは悪である。(定理四〇) 

« 人間と国家
個々の感情の評価 »